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鉄系超伝導体における超伝導ギャップ構造及びペアリング機構の理論研究

齋藤哲郎 氏
Tetsuro Saito
名古屋大学大学院 理学研究科

2014年12月24日(水) 10時30分 理学館614

 鉄系超伝導体は、2008年に新しく発見された超伝導体である[1]。この物質は超伝導転移温度Tc(最高で~55K)が比較的高いだけでなく、他の超伝導体とは異なるペアリング機構により超伝導が発現している可能性があり、重要な物質として研究がおこなわれている。

 鉄系超伝導体は、多くの場合、相図上で構造相転移相・反強磁性相の近くに超伝導相があることから、超伝導相ではスピンと軌道のゆらぎが両方発達していることが示唆される。このことから、スピンのゆらぎによりギャップに符号反転のあるs±波超伝導が発現するという理論[2]と、軌道のゆらぎにより符号反転のないs++波超伝導が発現するという理論[3]の2つが提案された。

 鉄系超伝導体においては、角度分解光電子分光(ARPES)実験などにより超伝導ギャップの波数依存性が詳しく測定されている。一方、超伝導ギャップ方程式を解くことにより、s++波とs±波超伝導のギャップ構造を計算することが可能である。このため、ペアリング機構の解明のためには超伝導ギャップの理論研究が重要である。

 我々はまず、過剰電子ドープ系KFe2Se2の超伝導ギャップ構造を、10軌道モデルを用いて計算を行った。[4]この結果、スピン揺らぎによる超伝導ではd波となり、ギャップに必ずノードが生じることが示された。一方、軌道揺らぎによる超伝導では、ARPESなどで観測される等方的なギャップ構造[5]を再現することに成功した。

 続いて、LiFeAsの超伝導ギャップ構造を3次元モデルを用いて計算した。[6]この結果、軌道揺らぎによる超伝導では、ARPESで観測される小さなホール面の大きな超伝導ギャップ[7]を再現することに成功したが、スピン揺らぎによる超伝導では、そのギャップは極めて小さくなった。さらに、スピン軌道相互作用(SOI)を考慮し、より実験を再現するモデルを構築し、超伝導ギャップの計算を行い、SOIがない場合と同様の結果が得られた。

 最後に、電子面にラインノードが観測される[8,9]BaFe2(As,P)2の超伝導ギャップ構造の計算を行った。[10]この物質では、スピンまたは軌道のどちらかのゆらぎだけが強い場合には、ラインノードを再現しない。両方のゆらぎが強い場合、2つのゆらぎの競合により、実験を再現するラインノードが現れることを示した。さらにこの場合においても、ホール面のギャップの大きさは、フェルミ面を構成する軌道によらないとするARPES実験結果[9,11]を再現する。

 以上の研究の結果から、鉄系超伝導体の超伝導発現には、軌道揺らぎが重要な役割をしていると考えられる。

[1] Y. Kamihara et al., J. Am. Chem. Soc. 130, 3296 (2008).

[2] K. Kuroki et al., Phys. Rev. Lett. 101, 087004 (2008).

[3] H. Kontani and S. Onari, Phys. Rev. Lett. 104, 157001 (2010).

[4] T. Saito, S. Onari, and H. Kontani, Phys. Rev. B 83, 140512(R) (2011).

[5] Y. Zhang et al., Nature Mater. 10, 273 (2011); T. Qian et al., Phys. Rev. Lett. 106, 187001 (2011); L. Zhao et al., Phys. Rev. B 83, 140508(R) (2011); B. Zeng et al., ibid. 83, 144511 (2011).

[6] T. Saito et al., Phys. Rev. B 90, 035104 (2014).

[7] S. V. Borisenko et al., Symmetry 4, 251 (2012); K. Umezawa et al., Phys. Rev. Lett. 108, 037002 (2012).

[8] M. Yamashita et al., Phys. Rev. B 84, 060507(R) (2011).

[9] T. Yoshida et al., arXiv:1301.4818.

[10] T. Saito, S. Onari, and H. Kontani, Phys. Rev. B 88, 045115 (2013).

[11] T. Shimojima et al., Science 332, 564 (2011).