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有機ディラック電子系α-(BEDT-TTF)2I3およびα-(BEDT-TSeF)2I3における金属絶縁体転移と輸送現象

大木 大悟 氏
Daigo Ohki
名古屋大学 大学院理学研究科

2021年10月19日(火) 10:30~ 理学館506

有機ディラック電子系α-(BEDT-TTF)2I3(α-(ET)2I3)とα-(BEDT-TSeF)2I3(α-(BETS)2I3)は、どちらも温度Tや圧力Pの減少に伴い絶縁体化する事が報告されている[1, 2]。本発表では、両物質の金属絶縁体転移近傍で生じる特異な輸送現象の原因を拡張ハバードモデル[3]を用いた平均場近似の解析と線形応答理論に基づく数値計算により調べた結果を報告する。

初めに、静水圧下のα-(ET)2I3の電荷秩序相転移近傍で現れる、ゼーベック係数の特異なピーク構造[4]のメカニズムを説明する。α-(ET)2I3のゼーベック係数はゼロ質量ディラック電子相では正の値を示すが、電荷秩序相転移が生じる温度近傍で一度鋭いピークを形成した後、相転移に伴い符号反転を示す。このメカニズムの解明のため、本研究では、ディラック電子系のゼーベック係数が化学ポテンシャルに敏感であり、不純物散乱の緩和時間の振動数依存性の影響を強く受けること[5]、化学ポテンシャルは電子ホール非対称性とキャリアドープに敏感であること[6]に着目し、中野-久保公式と半古典的論を用いて計算を行った。結果として、最近接クーロン相互作用のHartree項によるバンドの電子-正孔非対称性の増強を考慮することで、ゼーベック係数のピーク構造と符号反転が説明できることが分かった。この結果は、α-(ET)2I3の絶縁体化の原因が最近接クーロン相互作用による横ストライプ電荷秩序であることをサポートする。

続いて、α-(BETS)2I3の絶縁体化機構の正体と、絶縁体化に伴う電気伝導率やOnsager位相因子の特徴的な振舞い[2]の原因について調べた結果を報告する。α-(BETS)2I3はスピン軌道結合(SOC)による2 meV程度の小さなギャップがバンド上に存在している。また、絶縁体化の前後で空間反転対称性は保たれているため[7]、電荷秩序化とは異なる絶縁体化が生じていると考えられる。本研究では、SOCを考慮した第一原理計算とWannierフィッティングによりtransfer積分値を求め、遮蔽効果を考慮したクーロン相互作用を第一原理計算に基づいて導出した。構築したモデルをHartree-Fock近似で扱った結果として、絶縁体化前の小さなギャップが次近接クーロン相互作用のFock項の寄与により低温で増強され、実験の輸送係数の傾向を再現することが分かった。また、このギャップの増強の原因はトポロジカルモット絶縁体状態[8]が現れるメカニズムと密接に関係していることを見出した。


[1] T. Takahashi., Synthetic Metals 133-134 , 261-264 (2003).
[2] Kawasugi et al., Phys. Rev. B 103, 205140 (2021).
[3] H. Seo, J. Phys. Soc. Jpn. 69, 805 (2000).
[4] R. Kitamura et al. JPS Conf. Proc. 1, 012097 (2014).
[5] S. G. Sharapov et al. Phys. Rev. B 86, 035430 (2012).
[6] A. Kobayashi et al. J. Phys. Soc. Jpn. 77, 064718 (2008).
[7] S. Kitou, et al., Phys. Rev. B 103, 035135 (2021).
[8] S. Raghu, et al. Phys. Rev. Lett. 100, 156401 (2008).